流されず逆らわず

コンピュータ関連のお仕事をしております。不惑を超えても惑い続ける男です。二児の父。

カレー

「日本のカレーライス」を熱愛する米国人記者が語る『ゴーゴーカレーNY店』

http://wiredvision.jp/news/200805/2008050121.html


はてなの人気記事になってる。抄訳だけど、ものすごくアツイ。
アツイよ、この記事。

ヘロイン中毒者がヘロインを注射するのが大好きなのと同じように、私は日本のカレーを愛している。ヘロイン中毒との唯一の大きな違いは、ヘロイン中毒は長期間ヘロインを断てば中毒でなくなる点だ。

いったん日本風カレーの中毒になると、米国に帰っても中毒が治ることはない。もう一度日本のカレーを食べたいと願いながら日々を過ごし、また東京に行って日本のカレーをもっと食べられるよう貯金に励むことになる。

初めてあの恍惚とした気分を味わえば、それはもう忘れることはできない。私はそれを、金沢大学の学食で経験した。日本人学生の大半が毎日行列を作って購入しているのが、照り焼きや寿司ではなく、カレーだと言うことに私は気付いた。


ものすごい例えだけど、筆者のカレーに対する思いが伝わってくる。

こうした日本人たちも、カレーを愛する――おそらくは私以上に――人々だということを理解しなくてはならない。カレーライスは日本人のソウルフードだ。米国の子どもたちがマカロニチーズをガツガツ食べるように、日本の子どもたちはカレーライスをガツガツ食べる。

(中略)

この日本を代表する料理が、米国指折りの多文化地域でも大人気になっていないのは本当に不思議な話だ。しかしあるいは、それほど不思議ではないのかもしれない。大都市圏に住む人々の多くは、タイ風カレーやインドカレーを食べたことがあっても、週に4回も食べたりはしない。彼らは日本のカレーが、それらの国のカレーとは全く違う、別の料理であることがわからないだろう。


どんな形であれ、日本の文化を褒めてくれるってのは本当にうれしいものですね。
まぁそれはそうと、私のオフィスの近くにも某有名カレー店があります。
たまに食べに行くことがありますが、都内にカレー専門店って多いですよね。


ところで、Wikipediaを見て知ったんですが、

インドのカレー

インドでは香辛料(スパイス)を混合したマサラを幅広い料理に使うため、ほとんどのインド料理が「カレー」であるように思われがちである。特に日本人は、飯にかけて食べる事がある汁物についてなおさらその傾向が強い。しかし、それは誤った認識と言える。インド人は、身の回りにあるスパイスを毎日の料理に使っているに過ぎず、彼ら自身は「カレー」なるものを作っているつもりは全くない。混ぜ合わせた香辛料を使ったインドの料理を全て「カレー」と呼ぶのは、日本料理に例えるなら、醤油や味噌を使った煮物や汁物、和え物に全て同一の名前を当てはめるような乱暴な呼び方であると言える。ただし、外国人、特に旧宗主国である英国人が、彼らインド人たちの料理を「curry(カレー)」と呼んでいたことから、現在では一部の料理名の英語表記に、便宜上「curry」が使用されることもある。


インド固有の言語には「curry(カレー)」という言葉はない。「カレー」の語源としては、ソースを意味するタミル語「カリ」あるいはカンナダ語の「カリル」で、ポルトガル人が習得して使用したと言われてきた。しかし、実際のタミル語カンナダ語にはソースを意味する「カリ(カリル)」はなく、両言語共通で「野菜や肉」、転じて「食事」、「おかず」を意味する「カリ」がある。一説には、ポルトガル人がインド人の食事を尋ねたところ、インド人は「カリ」と答え、ポルトガル人はスパイスで煮込まれた料理のことを「カリ」と思い込んでヨーロッパへ持ち帰った、と言われる。それが英語のcurryとなり、マサラを使った多くの料理がその名で呼ばれるようになったとされる。

だ、そうな。これ豆知識ね。


ともあれ、日本の強みといえば、「製造業だ」という人は(特に団塊世代以上の方々に)多いんだけど、それだけじゃなく、日本が誇ってもいいものって、他にももっと沢山ある気がしてきました。