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流されず逆らわず

コンピュータ関連のお仕事をしております。不惑を超えても惑い続ける男です。二児の父。

知れば知るほど楽しい通訳の苦悩。不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か


うん。これは楽しかった。成毛さんがFacebook で褒めていたけど、確かに楽しい本だった。自分が知らない世界に勝手に連れていかれた。そして、通訳の苦悩がなんとなくわかった気になった。感じたのは、コミュニケーションって難しいな!とか、コトバってなんだろうな、とか。そんな気分にさせてくれる本でした。米原万理さん、本当に恐れ入りました。


不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)

不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か (新潮文庫)


。。。


この本、どう表現したらいいかわからないんだけど、通訳というオシゴトを余すことなく、そして楽しく伝えてくれる。そして、「コミュニケーション」の難しさと、コトバの難しさも。書きながら振り返ってみて、改めてそう思いました。


異なる文化で育った人たちが、違う言語でコミュニケーションしようとしたらそりゃ100%の意思疎通なんてまず不可能。通訳の仕事ってのは言語だけでなく、文化の違いや民族性の違い、ありとあらゆるもののギャップをしっかりと埋めるのが仕事なんだってことがわかりました。そして、軽やかな語り口のおかげで、エッセイっていいなー!!って改めて感じさせられて、楽しくさせてくれる本でした。


タイトルの「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」とありますが、言語が各言語が持つ意味がそれぞれの文化などにより異なっているせいで、言語的に100%正しく置き換えられないときに話した言語の正確さを尊重するか、雰囲気を尊重するか、という究極の選択を迫られることに起因する。


貞淑な醜女 → 言語を忠実に、内容を正確に訳す。ただし、相手に言いたい本質が伝わりにくい。


不実な美女 → 言語を忠実に訳すのではななく、語感や雰囲気を重視して、要旨を相手に伝わるように訳す。


言語だけでなく、話している人のバックボーンが違う限り、異なる文化圏で違う言語を話す2者間でのコミュニケーションは100%全く同じ正しく伝えられない。だから、通訳者は常に迷う。通訳という仕事の本質は、言語的に正しい意味を伝えるか、意味やらニュアンスを正しく置き換えられるか、という究極の選択を迫られるわけだ。それは時と場合による、だから常に選択に迫られ、常に悩うわけだ。


この例はホント秀逸。思わずうなってしまった。あぁ、通訳の人って本当に大変ね。うんうん。翻ってふと自分の仕事に置き換えて考えてみると、確かに似たようなことはあるよね。。言葉を正確に伝えるのか、それともニュアンスや雰囲気を伝えるべきなのか。

通訳の方々は、常にその究極の選択を迫られながら、クライアントとの間で苦悩する、そんな苦しくも楽しい職業なんだなってことがよくわかりました。
とにかく、楽しく読める、そんな本でした。ありがとう。