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流されず逆らわず

コンピュータ関連のお仕事をしております。不惑を超えても惑い続ける男です。二児の父。

日本企業は満員電車論

雑感

外資系のコンピュータ会社から日本企業に転職した後輩君の話。


昨年末に別の会社に勤める後輩君から軽く人生相談を持ちかけられた。
後輩君が勤める企業は有名な日本企業で優良企業。
普通の社会人だったら当然知ってるレベルのメーカーで、社会から疎い人でも聞いたことある、
控えめに見てもそんなレベルの企業。


相談内容は、外資系企業から安定を求めて転職したけど、
自分の市場価値の下落と会社に居る人々の危機感の無さに危機を感じてしまい、
もうこの会社にいられなくなったと感じてしまったらしい。


要点を述べると
 ・後輩君が最重要視するのは自分の生活。転職前には外資企業にいたので、食うのに困らない事を求めて日本企業に転職した
 ・ところが、転職してから社内、特にベテランクラスの目的達成意識の低さに驚いた。
 ・そして、日本企業に居れば居るほど自分の市場価値がみるみる落ちていくことを実感し、危機を感じた。
 ・周囲の気概のある人ほどその傾向が強く、何も考えないやつほど危機を感じていない。作業を反復していれば給料が貰え続け昇給し続けると信じてる。


と、まぁよくある話でどこか聞いたことある話を聞きながら、
今更ながら日本が抱える問題点と酷似しているなあと思った。


私の周りも上の世代の人たちの一部には優れた人はいるけど、総じてパフォーマンスが低い人が多い。
後輩君もやる気のない人が高給を貰いながら何の罪悪感も抱かずに会社に居続ける人を見て
我慢できなくなってしまったのだろう。気持ちはよくわかる。
日本企業の人たちはだめなのか、いや駄目なのはバブル世代の方々なのか、はたまた椅子取りゲームでたまたま座れた人が椅子に座り続けられる歪な「競争社会」なのか。ではなぜ?そうなってしまっているのか。理由はよく考えたけど結論としてよくわからない。


これが日本の社会の縮図なんだと納得できればそれまでだ。
だが、自身がその状況に耐えられないなら、安定した生活を捨ててチャレンジすることを選べと思った。
もちろん、人の人生なので軽々しくコメントできないので自重気味にアドバイスしたけれど、言いたいことは少しは伝わったようだ。


翻って考えてみると散々言われてきた事だが、高度経済成長期の日本においては
年功序列賃金と終身雇用は意味があったが、低成長もしくはマイナス成長の時代においては
競争を阻害する負の側面のほうが目立ってしょうがないよな、と改めて感じる。
その点について改めて論じるつもりはないけれど、俺は本当に会社で耐えられなくなったら
一体どうするだろう。この気持ちをどう人に伝えるのだらう。


例えて言うなら、
自分がギューギューの満員電車に乗っていて、自分が座席に運良く座っていたとする。
そこに、向かいのホームに他の電車が到着する。乗り換え先の電車はいつ出発するのかわからない
けど今はムチャクチャ空いてる。だが他の乗客も虎視眈々と狙っている。
その電車は混むかもしれないけど座席の確保は約束されていない。
いったん席を立てば、すかさず前に立っている他の誰かが自分が座っている座席に座るから
今の電車でいったん席を立つと、後戻りはできない。


そんな状況であなたならあえてリスクをとって他の電車に乗ろうと思うか。
いまの日本企業に勤める人はそんな状況なんじゃないかなって思う。

新人時代から長く日本企業に勤めてきた人は、若い頃から雑巾がけをやらされて、
長い下積み期間を経て30代になってやっと座席に座れるようになる。
その座席に価値があるかなんてわからない。
もしかしたら、もっと快適に目的地にたどり着ける方法はあるかもしれない。
けど、長いこと立たされたんだから、座らなきゃ損と思っている。
次にいったら待ちに待った座席を待って苦しいことをやらされた「サンクコスト」
をドブに捨てることになる。一体どうすればいいのか。


それがグリーン車ならなんとなくわかるけど、狭いスペースに無理やり座らされていて、
さらに無理やり詰め込まれてるのが今の日本の状況なんだと思う。
仮に他の電車から乗り換えて乗ってきた人が見たら、
何で執着してるのかわからんような座席であっても。


まぁ、そんな事を考えながら、これって日本そのものかもしれんなぁと思った次第。


ともあれ、新たにチャレンジすることになった後輩の成功を祈念してやみません。
というか、成功したら雇ってくれ。マジで。